ここしばらく日本にいて、あと数日でNYに戻ります。今回の滞在ではいろいろと感じることはありましたが、いまだ頭の中はもやもやです。

気がつけば普段よりも多くの人と話をしたし、いつもの友人たちともよりも多くの話をし、また仙台に住む友人とも会うことができましたが、もやもやした感じは消えることなく、もどかしいばかりです。

話すこと、聞くこと、見ることなどすべてが曖昧で、やり場のないストレスがじわじわ溜まっていくばかり。皆さんの多くもそのような感じかもしれませんが、あと少しでNYに戻るということに関しても気持ちが定まりません。

私はもとからじっくり考えて物事を進めるというよりもまず直感がきて、そのあと考え、動き、必要であればその理由の詳細を検証してみるというタイプなので、直感で自分から出てくるものがないとそのときは悩みます。

自分に何ができるか、ということも人並みに考えてみますが、今回のような状況下に置かれると自分が服を作っているということ自体にも疑問がわいてきたりします。

衣食住ということにおいて食住が足りたあと着るものは最後、ということも一般的に良く聞きますが自分的には食、住を行うときも衣服は着ているわけで、人によっては服はそのときの行動を起こさせる源である気分、つまり“気”を作るひとつの大きなファクターであると思っていました。

私は音楽やアート、小説などの読み物、また食べ物や衣服などはすべてスペックで好き嫌いや良し悪しを語れないもの、また語る意味もないものと思っていますが、それらは個々の人々が感じるものであり、その感受性が日々の行動の元となる気=元気の動きを大きく左右していると私は思っていました。

しかし今回のような非常事態下においてはそういった考えもぐらつき気味な状態です。(オオフチ)

P.S. 現在発売中の『BRUTUS』ファッション特大号にて私の古着などが紹介されています。Kさん、いつもありがとうございます!